"すげえなあ、NHKの朝ドラでキョンキョンがアイドルソングを歌い、映画館では死霊のはらわたが上映され、クラフトワークが来日し、デヴィッド・ボウイが退廃的な新曲をだし、ジューシィ・フルーツがライブをし、日曜の夕方には宇宙戦艦ヤマトをやっている。いつの時代に生きてるのかもうわからない。"
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うなぎ。
知らない日本人はいない蒲焼や土用の丑の定番のうなぎだが
その生態は謎に包まれている。
・2年ほど前にやっと天然の卵が発見された。
・未だに産卵現場(フィリピン・マリアナ海溝辺り)は目撃されていない。
・中禅寺湖にいるうなぎは華厳の滝(100m)を上り下りして
産卵場所(上記)に行っていると考えられている。
・エリー湖のうなぎはナイアガラの滝を登る。
・よって実際のうなぎのぼりは半端なく凄い。
・川や海から隔離された池などにいるうなぎは場合によっては2kmほど
地面を這って川や海にもどる。
・天然のうなぎは鮭などと同じく子孫を残すと同時に力尽きるといわてるが
水槽で飼って子孫を残さないモノは50年以上生きることもある。
・人の手で養殖すると何故か全てオスになる
・底の深いバケツに入れても普通に逃げられる
・皮膚のぬるぬるは毒
"アートはクリシェなしには成り立たないと私は思っている。完全にオリジナルだと思えるものに出会ったことはない。私がオリジナルだなと感じる時は、他人がそれをどう扱ってきたかという十分な知識を持ち合わせていない時だけだ。アートについて学べば学ぶほど、どの表現形式においても、それらがただゆっくりと経過していく1つのものなのだということが見えてくる。アーティストたちはお互いの作品の上に何かを乗せていっているだけだ。"
"
「めっちゃ、驚いた話なんですけど…」
「そこまで気を使わんでエエよって思った話なんですけど…」
よく木村祐一さんやほっしゃんさんが、こんな出だしで話しはじめるのを聞いたことがないでしょうか。出だしでは、オチの出来事の感情だけを切り取って、「○○な話」と先に話してしまうのがポイントです。
え!そんなことしたら、オチも見えてしまうし、ハードルがあがるんじゃ…?
いいえ。そうではありません。
ハリウッド式の脚本の技術を学ぶとき、はじめに叩きこまれるのが、この「セットアップ」という技法です。聞き手に「これは何の話か?」としっかりほのめかすことで、期待と予測を正しい方向に案内するのです。
つまらないと感じる話や映画・ドラマを見ていると、「この話はどこに向かっているんだ?」「あれ、思ってたのと違う…」と感じてイヤになることはありませんか?これはセットアップができていない証拠です。
話は、ほどよく抽象的にセットアップしましょう。
面白い話には、共通点があります。
それは、目の前にその出来事が実際に起きているかのような「臨場感」があることです。
学校の話を聞いていると、本当にその学校にいるような感覚になったり、ヤンキーにからまれている話を聞いていると、手に汗を握ったりします。
「臨場感」を感じてもらうのに大事なのは、次の3つの感覚を釣り上げる表現を使うことです。
たとえば、小籔千豊さんが「ポニーテールのちっちゃい宇崎竜童みたいなオッサン」(Visual)と言うと目の前にありありとその人物が浮かんできますし、擬音マジシャンの宮川大輔さんが「腐ったカレーの入ったフライパンをスナップをきかせて”ゆんっ!”っと投げた」(Auditory)というとその場の状況が伝わってきます。
私たちは、コミュニケーションにおいて大事なのは「言葉」だと思っていますが、実はそうではありません。
言葉は「伝わりやすさ」に、たった7%しか影響を与えておりません。
悲しいことにほとんど、聞かれていないのです。
「え!じゃあ何が大事なんだ?」
アメリカの心理学者アルバート・メラビアンの研究によると、「伝わりやすさ」に影響するのは、言葉が7%、口調や話の早さなどの声のトーンが38%、身ぶり手ぶりや顔つきなどのビジュアル情報が55%となっています。
かんたんにいえば、ボディ・アクションが大事なのです。
ダウンタウンの松本人志さんは発想が面白いのはもちろんですが、この「メラビアンの法則」の使い手でもあります。立ち上がって身ぶり手ぶりをフルに使って、額に汗をかきながら話すその姿は、私たちをその場にワープさせてハラハラドキドキさせるのです。
面白い話を人に話すときに、ついついやってしまうのが、
「いやぁさあ(フフッ)、この前おもしろい事件があってさぁ(プププ)」
と笑いながら話してしまうことです。
(私もよくやってしまうのですが…)
逆の立場になるとよくわかりますが、まだ面白い部分に到達していないのに笑いながら話されてしまうと、聞くほうは「何が面白いのかわからん!」と、興ざめしてしまいます。
笑うのは最後です。
そこまではポーカーフェイスを徹底し、風船をふくらますかのようにフリを吹きこんで、「いったいどうなるんだ!」とハラハラさせて、最後にBANG!です。
フリ(伏線)をどのように設計したらいいかわからないことがよくある。
「オチの反対をフリ」のようにいう人もいるけど、それだとオチが予測できてしまう。
フリとはモヤモヤ。「ん?どうなるんだ」という疑問を、聞き手にわからないように提示していく作業である。言い換えれば、全体像がわからないギリギリまで、ジグソーパズルを組み立てていく作業と言えるかもしれない。
千原ジュニアさんが以前した話で、こんなのがありました。
「お寿司屋さんで、カップルがいたんですよ。男のほうがすっとプレゼントを渡して、女のほうが、えー開けていい?って聞いてあけはじめたんです。大きな箱をあけたら、さらに、きんちゃくポーチみたいものが入っていて、中を見た女の人が”えー!超うれしー!すごーい、カワイイー!”って言ってるんです。その女の人は、お世辞とかじゃなくて本当に喜んでる感じなんですよ。えーなんやろ?いったい何が入ってるんだろうと思ってドキドキして横目でみてたんです。」
もうモヤモヤがたまらない。ジグソーパズルがどんどんできていく。
この後に最後のオチが来て、ビッグ・フィニッシュ。
最後の最後までできあがって、十分にひっぱりきったなら、
「その後、何が出てきたと思います?ビックリしましたよ。(オチをいう!)」
これでビッグ・フィニッシュ。
オチは最後です。オチは倒置法でいいましょう。
そうはいっても、むずかしい。これがすべらない話。
実際はこんなに単純ではなくて、もっと高度な技術があったり、キャラクターが大事だったり、言葉のセンスやいろいろな要素が関係するのだろう。
でも基本がわかるだけでも、すこしはマシになる。
居酒屋や学校で盛り上がるレベルにはなれる。
ビジネスの現場では、一番大事なことは、一番はじめにいって、モヤモヤなどつくらない。社会人をやっていると、知らず知らずのうちに、こういう話し方に慣れてきてしまうので、話がつまらない。すべってしまう。
「すべらない話」を話そうと思って気がついたのは、だれかを楽しませようとあれこれ練るのはとても楽しいことだいうことだ。日常生活を生きていて、面白いネタにであったら、ストーリーを考えてみるのも面白いことかもしれない。
""震災直後、ビートたけしが「こんなときに笑いは無力だ、勇気を与えるなど慢心だ」と断言して、一部のお笑いファンから批判を浴びた。「プロの芸人なら、こういうときにこそ笑顔を届けるべきだ」というものだ。だが、たけしのあの発言に、私は救われた。たけしでさえ、己の職業の無力に慄いているのだ、と思った。"